下ノ廊下 0日目

今年の山行ファイナルとして、富山・黒部は下ノ廊下へと行ってきました。



「下ノ廊下」とは黒部川の上流、立山黒部アルペンルートの中にある黒部ダムから、およそ16km下流仙人谷ダムまで、黒部峡谷の中を川沿いに延びる歩道の通称です。
仙人谷ダムからさらに14kmほど下流の、黒部峡谷鉄道(いわゆるトロッコ列車)の欅平駅まで続く「水平歩道」とあわせ、水力発電に適した黒部川電源開発を行うために、昭和初期に調査目的で川沿いに岩をくり抜いて人工的に作られた道です。
このため、上り下りがほとんどなく平らである代わりに、人がようやく通れる程度の幅しかなく、しかも川の水面から数十mの高さを行くという特徴的な道であります。


しかも、冬の黒部峡谷は豪雪地帯で、春夏になっても残雪がコース上に残っており、雪が消えても雪崩で道が崩壊していることがあるため、通れるようになるのは整備が終わる毎年9月下旬の頃から。
11月に入るとまた雪が降り出すので、実質的に2か月程度しか歩けない道ということになります。


今回は便宜上、「水平歩道」にあたる区間もあわせて、黒部ダム欅平の約30kmを「下ノ廊下」と総称することにします。


これだけ聞いても、具体的にどんな道なのやらピンとこない方も多いでしょうが、そんな方にはコースの途中にある阿曽原温泉小屋のサイトをごらんいただきましょう。



はい、お分かりになりましたか? すごい場所ですねえ。


このルートは、15年前くらいに立山に登ろうと思って買った「立山剣岳」のガイドブックに載っていたことから知ったのですが、そこには「上級者コース」とはっきり書いてあり、厳しいコースであることが文章からも写真からも伝わってきて「自分のような人間が行けるようなところではないな…」と思っていました。
しかしここ数年、このコースを通行した方々の体験記をネット上で多く見かけるようになり、15年前のガイドブックからは分からなかった情報も伝わるようになってきました。
中には「確かに転落したら終わりだが、気をつけて通れば問題はない」と明言している記録も。
どうやら、昨今はルートの整備が進み、一握りの上級者にしか許されないというわけではなくなってきているようです。
もしかすると自分にも行けるんじゃないか。いや、行けるかもしれない。行けるだろう。行きたい!
そんな思いが急にメラメラとふくらんできて、2年ほど前から計画を考えるようになりました。


さて、計画する上でまず問題になるのが「黒部ダム欅平、どちら側から入るか?」ということです。
黒部ダムから入る場合のデメリットとして

  1. 黒部ダムから山小屋のある阿曽原までの距離が長く、朝早く出発しないと明るいうちに到着できないおそれがある
  2. 欅平からのトロッコ列車は、往復切符でやって来て折り返す観光客で日中の便が満席になることが多く、早い時間帯の列車に乗るためには暗いうちから出発する必要がある

といった点があります。


1.は黒部ダム近くのロッジくろよんに前泊することで解決できますが、貧乏人の私にとって、1泊2食で10,000円ほどもするロッジくろよんは正直言って割高です。
欅平から入る場合はこの区間は2日目になるので、阿曽原を朝早く出ればいいわけですし、欅平出発前に前泊するにしても、富山・魚津や黒部あたりのビジネスホテルならロッジくろよんの半額程度。
2.についても、落ちたら一巻の終わりという道(しかも初めて通る道)を、真っ暗な中ライトの明かりだけで歩くというのはリスクが大きすぎます。
早い時間帯の列車をあきらめてゆっくり出発するとしても、欅平発があまり遅くなりすぎるとその日のうちに帰宅できない。


一方、欅平から入る場合は

  1. 最初にいきなり標高差300mほどの急登をこなさなくてはならない
  2. コース全体で見ても登り基調なので、逆のルートよりも時間がかかる
  3. 黒部ダム方面から来る人のほうが圧倒的に多いため、途中ですれ違いが頻繁にある

といったところが欠点ですが、本来山なら登るのは当たり前であるし、余計に時間がかかるといってもせいぜい数時間程度の差、すれ違いは…行ってみなきゃわからないし、まあ何とかなるだろう!


そんなわけで、早い段階で「欅平側から入山」ということに決めたのでありました。


日程としては、池袋から出ている富山行きの夜行バスに乗り、翌朝に富山に到着したその足で欅平に向かい、そのまますぐに入山、ということも考えられるのですが、夜行バスではあまり寝られない体質ゆえ、睡眠不足の状態でああいった道(しかも初めて通る道)を歩くのは避けたい…
よって、やはりここは万全を期して前日のうちに富山側へ入って1泊し、翌朝の始発で欅平へ、ということにしました。
欅平までは、まず富山地方鉄道宇奈月へ、そこでトロッコ列車に乗り換え…ということになるため、宿はJRと富山地方鉄道の乗換駅である魚津駅近くで予約。
宇奈月で泊まれたら便利なのですが、なにぶんよく知られた温泉地のため高級旅館ばかりで、下手をするとロッジくろよんより高くついてしまうため断念。
まあ、魚津から来てもトロッコ列車の始発に乗れるので、大した違いはありません。早起きする必要はありますけどね。


出発の1週間くらい前から、雨は降らないだろうか…と毎日天気図や予報と睨めっこしていましたが、気圧配置からしておそらく大丈夫でしょう。
登山届も富山県警にメールで送付しておき(これについては後日談あり、21日の日記を参照)、念のため登山保険の証書も引っぱりだして万が一の場合の手続きを確認。



とまあ、そんなことがあって、この日魚津へ向かう車中の客となったわけです。
すでに外が真っ暗な中、魚津駅に到着。


駅から数分のホテルに落ち着き、食料の買い出しも済ませて、いよいよ準備は万端です。
明日からの道を想像して武者震いしつつ、翌朝に備えて早めに就寝するのでした。



翌日に続く。