下ノ廊下 1日目の2(崖編)

覚悟はしていましたが、欅平からの登りのきつさは、やはり相当なものでした。
歩き始めなので努めてゆっくり登っていたのですが、それでも厳しく、「今なら引き返せるかな…」などと弱気なことをチラリと考える始末。
ストックを片方だけ持ってきていたのですが(両方じゃないのは、道の狭い下ノ廊下では邪魔になると思ったため)ここではあまり役に立ちませんでした。


しかし終わりのない道はないもので、30分弱で緩やかな登りになってきました。
「水平歩道分岐」という標識があるので「ここから平らな道になるのか」と思い、ストックを畳んでザックにしまいます。
緩やかな尾根道を登っていくと、15分ほどで送電線鉄塔の下に出て、その数十mほど先に「水平歩道始・終点」という標識がありました。
あっ、水平歩道ってここからだったのね…。


この標識の少し先で、向こうからやってきた登山者(たしか3人くらいのパーティー)と、この日初めてのすれ違いがありました。
特に狭いという箇所でもなかったので普通にすれ違い。
この後も阿曽原に着くまで10回弱くらいすれ違いがありましたが、いずれも特に問題はありませんでした。運がよかった。


水平歩道に入ってからは、狭い箇所や桟道など、通りにくい箇所も随所に出てきましたが、基本的には平らで歩きやすい道なので、快調に飛ばしていきます。
左側は大きく開けていて、対岸の山並みがよく見渡せ、圧倒されるほど。
もちろん、景色がいいのは足下がスッパリ切れ落ちているということなので、手すり代わりに張られているワイヤーを手繰る右手にも力が入ります。


岩肌に穿たれた道
岩肌に穿たれた道


先行していた他の登山者を2組追い抜き(とはいっても私のペースが速いのではなく、休憩しているところを「お先に失礼します」と通過しただけ)、
欅平から2時間ほど歩いたところで、道の脇で休んでいた2人組のおじさんに声をかけられ、しばし情報交換。
おじさんたちは前日に黒部ダムから来て阿曽原に泊まり、これから欅平へ下りるといいます。


「昨日は黒部ダムを結構早くに出たんだけど、阿曽原に着いたのは暗くなってからになっちゃった」
「明日黒部ダムまで行くなら、阿曽原はできるだけ早いうちに出たほうがいいよ」
「小屋の朝食は6時からだから、弁当にしてもらってね」
えー、黒部ダムまでそんなに時間がかかるんですか、大変だなあ。
「まあ、僕たちはあんまり山の経験がないからね。あなたは若いから大丈夫だと思うけど」
いや、若いってほどでもないし、そんなに経験があるわけじゃ…。


程なくして志合谷のトンネルに差しかかります。
ここは冬の雪崩のため道が崩壊を繰り返し、毎年直すくらいならいっそトンネルを掘ってしまえ、ということで長さ150mほどのトンネルができたとのこと。
トンネル内には照明がないため、自前のライトを点けて通る必要があります。
ライトなしだと真っ暗というだけでなく、天井が低いので頭をぶつけないよう気をつけなくてはいけないし、足下には湧水が流れているし、上からも水滴がポタポタ垂れてくるしで、あまり気持ちのいいところではありません。


志合谷から約30分、岩盤を「コ」の字形に大きくえぐった道が眼前に現れました。
頭上に気をつけながら通り抜けると、大太鼓です。
眺望抜群な分、危険箇所だらけの水平歩道の中でも特に危険といわれている場所ですが、サクッと通過したせいか、そこまで危ないとも感じませんでした。


大太鼓付近
大太鼓付近


大太鼓からさらに30分、今度は折尾谷です。
谷を横切る砂防堤のような構造物の中にまたもやトンネルがあり、その中を通っていくのですが、ここはコンクリ造りなので志合谷ほどいやらしくはありません。
とはいえ、増水した時は胸まで水につかることもあるらしいのですが…。


ともかくここも通過して、その少し先にある大きな滝のところで昼食休憩にします。
途中で追い抜いていた2組のパーティーも程なくして追いついてきました。
皆さん、立派な滝を見て「すごいねえ」と感心しています。


折尾ノ大滝
折尾ノ大滝


皆さんはすでに十分な休憩を取っているのか、記念写真や水の補給を済ませると、すぐに出発していきました。
私は20分ほど休んでからようやくザックを背負い直し、今日の宿である阿曽原温泉小屋を目指します。


阿曽原温泉小屋は、水平歩道から標高にして200mほど下に建っています。
なので、当たり前ですが下ることになります。
下りになるのはまだか…と少し焦れてきた頃、途中で長いハシゴが出てきました。
「ここからは水平じゃなくなるようだ…ということはすぐ下りになるのでは」と思い、少し安心。
…しかし、実際に下りにかかったのはさらに少し先でした。


とにかくも下りに入り、再びストックを出して使いつつ急坂を下りていきます。
傾斜が緩やかになってきたところで阿曽原谷の沢を木橋で渡り、また少し登り返すと、テント場が現れました。
すでに到着して休んでいる先ほどのパーティーの方に挨拶しつつ、広いテント場を横切って、もう一段上に建っている小屋へ。
到着時刻、14時30分。
滝から小屋までは1時間程度で着けると見込んでいたのですが、結局1時間半近くかかりました。